異なる環上で0になったり、0にならなかったりするテンソル積の例

1. テンソル積とは何か

 久しぶりの数学ネタ。代数学の教科書を読んでいると、テンソル積という対象に出くわす。今回はこのテンソル積の例を考えてみた。参考にした本はAtiyah-Macdonaldである。 簡単のため、以下 $A$ を(零環でない)単位的可換環とする。

 

定義1.1  $ M $, $N$を $A$ 加群とする。写像 $f \colon M \to N$ が、任意の $x, y \in M $, $a \in A$ に対して、$f(x+y) = f(x) + f(y)$ であり、$f(ax) = af(x)$ であるとき、$f$ を $A$ 線型写像 ($A$ 加群の準同型) であると言う。

 

定義1.2 $ M $, $N$, $P$ を $A$ 加群とする。写像 $f \colon M \times N  \to P$ が、与えられていて、任意の $x \in M $ に対して、$ M $ から $P$ への写像 $ x \mapsto f(x,y) $ が $A$ 線形写像であり、任意の $y \in N$ に対して、$N$ から $P$ への写像 $y \mapsto f(x,y)$ が $A$ 線形写像である時、$f$ を $A$ 双線型写像と言う。

 

 テンソル積とはざっくり言って、与えられた双線型写像線型写像として扱うための"場"である。その具体的なモチベーションは、以下のサイトがわかりやすい。

manabitimes.jp

 

 ここでは、後々例を作るために必要なテンソル積の性質を天下り的に述べる。まず、テンソル積を定義しよう。

 

定義1.3 $ M $, $N$ を 可換環 $A$ 上の加群とする。$A$ 加群 $M \otimes_{A} N$と $A$ 双線型写像 $\phi \colon M \times N \to M \otimes_{A} N$ が以下の性質(1)を満たすとき、組 $(M \otimes_{A} N, \phi)$ を $ M, N $ の $A$ 上のテンソルという。

(1) $P$ が $A$ 加群で $f \colon M \times N \to P$ が $A$双線型写像なら、$A$ 線型写像 $g \colon M \otimes_{A} N \to P$ が一意的に存在して、$f = g \circ \phi$ が成り立つ

 

 上の(1)の性質を テンソル積の普遍性という。上の定義からわかるように、$M \times N$ から $P$ への双線型写像を考えることは、$M \otimes_{A} N$ から $P$ への線形写像を考えることと同じと思える。また性質(1)を満たす組 $(M \otimes_{A} N, \phi)$ は同型を除いて一意的に存在することが知られており*1、$M \otimes_{A} N$ は $\{ \phi(x, y) \mid x \in M, y \in N \}$ という集合で $A$ 上生成される。以下 $\phi(x, y)$ のことを $x \otimes y$ とかき、考えている環が明らかな場合には $M \otimes_{A} N$ を $M \otimes N$ と略記する。

 

 テンソル積への双線型写像を考えることで、テンソル積の普遍性により、以下のような自然な同型写像を作ることができる。ここで $ M\oplus N $ は 加群の直和を表す。

 

命題 1.4  *2
$ M $, $N$, $P$ を$A$ 加群とする。$x \in M, y \in N, z \in P, a \in A$ とする。以下の写像 $f_1$ から $f_4$ で それぞれ 条件 (a) から (d) を満たすような、$A$ 加群の同型写像が一意的に存在する。
(1) $ f_1 \colon M \otimes N \to N \otimes M $ 
(2) $f_2 \colon M \otimes (N \otimes P) \to (M \otimes N) \otimes P$ 
(3) $f_3 \colon (M \oplus N) \otimes P \to (M \otimes P) \oplus (N \otimes P)$ 
(4) $f_4 \colon A \otimes M \to M $
(a) $f_1(x \otimes y) = y \otimes x$
(b) $f_2( (x \otimes y) \otimes z) = f_2(x \otimes (y \otimes z) )$
(c) $f_3( (x, y) \otimes z) = (x \otimes z, y \otimes z)$ 
(d) $f_4(a \otimes x) = ax$ 
 

2. 異なる環上で0になったり、0にならなかったりするテンソル

 さて、$A$, $B$ を異なる可換環とする。$ M $, $N$ を $A$ 加群とすると、$M \otimes_{A}N$ が定義される。$ M $, $N$ が同時に $B$ 加群である時に、$M \otimes_{B}N$ が定義されるが、これらは異なる環上の加群なので、当然異なった構造を持つ。このような例で、特に $M \otimes_{A} N = 0$ *3 だが、$M \otimes_{B} N \neq 0$ となる例を考えてみることにしよう。

 $A$, $B$ を環とするとき、$\phi \colon A \to B$ が環の準同型なら、作用 $A \times B \ni (x, y) \mapsto \phi(x)y \in B$ により、$B$ に $A$ 加群の構造が定まる。特に$A \subset B$ が部分環なら包含写像を考えることで、$B$ に $A$ 加群の構造を定めることができる。

 $M \otimes N$ を 環 $A$ 上のテンソル積とする。$x \in M, y \in N$ として $x \otimes 0 = x \otimes (0 + 0) =  x \otimes 0 + x \otimes 0$ であるから $x \otimes 0 = 0$ であり、同様に、$0 \otimes y = 0$ であることもわかる。 

 

命題 2.1
$A$ を可換環、$ M $, $N$, $P$ を$A$ 加群とする。
$M \otimes N = 0$ $\iff $ 任意の $A$ 双線型写像 $f \colon M \times N \to P$ が零写像

 

(証明)

テンソル積の普遍性によって、

$M \otimes N = 0$ $\iff$ 任意の $A$ 線型写像 $f \colon M \otimes N \to P$ が零写像 $\iff$ 任意の $A$ 双線型写像 $f \colon M \times N \to P$ が零写像 ■

 

例2.2 $\mathbb{Q}[x]$ を $\mathbb{Q}$ 上の一変数多項式環、$f = x^2 - 1 \in \mathbb{Q}[x]$ として、$ M = \mathbb{Q}[x] /(f)$ とする。$N = \mathbb{Q}(x)$ を $\mathbb{Q}$ 上の一変数有理関数体とする。包含写像により、$ M $, $N$ は $\mathbb{Q}$ ベクトル空間になる。また自然な写像 $ \mathbb{Q}[x] \to M $、包含写像 $\mathbb{Q}[x] \to N$ により$ M $, $N$ は $\mathbb{Q}[x]$ 加群になる。

$g,h, i \in \mathbb{Q}[x] (i \neq 0)$ とし、$g$ の $ M $ 上の同値類を $\bar{g}$ とかく。$M \otimes_{Q[x]} N$ の生成元は、$\overline{g} \otimes h/i$ と書けるが、

$$ \begin{align} \overline{g} \otimes h/i &= \overline{g} \otimes fh/fi \\ &= f\overline{g} \otimes h/fi \\ &= \overline{fg} \otimes h/fi \\ &= 0 \otimes  h/fi \\ &= 0 \end{align}$$

である。従って $\mathbb{Q}[x]$ 加群として、$M \otimes_{\mathbb{Q}[x]} N = 0$ である。

包含写像により、$ M $, $N$ は $\mathbb{Q}$ ベクトル空間である。$ M $ の $\mathbb{Q}$ 上の基底として、$\overline{x}, \overline{1}$ が取れるので、$ M $ は $\mathbb{Q}$ 上二次元ベクトル空間であり、$\mathbb{Q}^2$ と同型である。写像 $f \colon \mathbb{Q}^2 \times N \ni ( (c, d), h/i) \mapsto (ch/i, dh/i) \in N^{2}$ は零写像でない $\mathbb{Q}$ 双線型写像である。命題2.1により、$\mathbb{Q}$ ベクトル空間として、$ M \otimes_{\mathbb{Q}} N \cong \mathbb{Q}^2 \otimes_{\mathbb{Q}} N \neq 0$ である。

 

 命題2.1はテンソル積が0になる時の一つの特徴付けを与えているが、考えている環が単純な場合、さらに簡明な特徴づけもある。

 

命題 2.3
$K$ を体、$V$, $W$ を$K$ 上の有限次元ベクトル空間とする。
(1) $\text{dim} (V \otimes W) = \text{dim}(V)\text{dim}(W)$ 
(2) $V \otimes W = 0 \iff V = 0$ であるか $W = 0$ 
 
(証明)
(1). $\text{dim}(V) = n, \text{dim}(W) = m $ とする。$ V \cong K^n, W \cong K^m $ である。命題1.4(3)の同型によって、$V \otimes K \cong K^n \otimes K^m \cong K^{nm}$ となるから、$\text{dim} (V \otimes W) = nm$ である。
(2). (1)より、$V \otimes W = 0 \iff \text{dim}(V \otimes W) = 0 \iff \text{dim}(V) = 0$ であるか $\text{dim}(W) = 0 \iff V = 0$ であるか $W = 0$  ■
 
 次の命題は命題2.3の局所環バージョンである。この命題の証明には完全系列などの色々な道具が必要になるので、証明は省略する。
 
命題 2.4  *4
$A$ を局所環、$ M $, $N$ を 有限生成 $A$ 加群とする。
$M \otimes N = 0 \iff M = 0$ であるか $N = 0$ 
 
 
 命題2.4を用いて、例2.2より少し複雑な例を作ってみる。
 
例2.5 $A$ を可換環、$A_p$ を $A$ の素イデアル $p$ による局所化とする。$A_p$ は局所環である。モニック多項式 $ f \in A_p[x]$ を $f(0) \in A \setminus p, \text{deg}f > 1$ となるように選んでおく。$ M = A_p$, $N = A_p[x] / (f)$ とおくと、自然な環準同型によって、$ M, N $ は、有限生成 $A_p$ 加群である。 $M \neq 0 , N \neq 0$ なので、命題2.4より、$M \otimes_{A_p} N \neq 0$ である。 (実際、命題1.4(4)より、$M \otimes_{A_p} N \cong N$ である)
$\phi \colon A_p[x] \to A_p$ を $\phi(x) = 0$ であるような $A_p$ 準同型とすると、これによって、$ M $ に $A_p[x]$ 加群の構造が入る。$N$ には自然な準同型によって、$A_p[x]$ 加群の構造が入る。$M \otimes_{A_p[x]} N$ の生成元は、$a \in A, s \in A \setminus p, g \in A_p[x]$ によって, $a/s \otimes \overline{g} $ と書かれるが、$f(0) \in A \setminus p$ なので、
$$ \begin{align} a/s \otimes \overline{g} &= f(0)a/f(0)s \otimes \overline{g} \\ &= f(a/f(0)s) \otimes \overline{g} \\ &= a/f(0)s \otimes f\overline{g} \\ &= a/f(0)s \otimes \overline{fg} \\ &= a/f(0)s \otimes 0 \\ &= 0 \\ \end{align} $$
である。従って、$M \otimes_{A_p[x]} N = 0$ となる。
 
 例2.5を見ると、$ M, N $ は $A_p$ 加群としても、$A_p[x]$ 加群としても有限生成であるにもかかわらず、異なった振る舞いをしていることがわかる。
 

*1:Atiyah, Michael; Macdonald, I. G. (1969), Introduction to commutative algebra, Proposition 2.12

*2:Atiyah, Michael; Macdonald, I. G. (1969), Introduction to commutative algebra, Proposition 2.14

*3:正確には、加群として、$M \otimes_{A} N = \{0\}$ ということである。$0$ とかくのは単なる慣習。

*4:Atiyah, Michael; Macdonald, I. G. (1969), Introduction to commutative algebra, Exercise 2.3